日本映画批評家大賞

第22回受賞作品



編集賞(浦岡敬一賞) 張本 征治
張本征治「今日、恋をはじめます」

コミック本は単行本累計発行部数が800万部を突破した中高生に大人気の原作です。
テンポが良く、アメリカンコミック映画のごとく演出されていました。
監督、編集、音響効果は、若手でしたがメインスタッフはおじさんが多いチームだったと記憶しています。
このおじさん達と、張本君の若さを前面に出した編集が私は印象的でした。
私は張本君に言いました。「僕が繋いだらこうはならなかったと!」
上がってきたOK尺数が大量にあり、
100分仕上げの所270分位OK尺だったと思いますが。
(最終的には2時間でまとまってます)
それをテンポ良く編集し、なおかつ主役2人が浮き出すような繋ぎをしています。
画面分割も監督の意図をよく汲み取り、ハリウッド映画のごとく完成してました。
ここに、音響効果の松浦君のセンスある効果と重なって、
主題歌をはじめこの映画に使用している音楽すべてが、
見事に「今日、お客さんに恋をさせました。」
何よりもこの張本君の編集を編集協会から推薦を頂き、
批評家の方々のご賛同を受け、今日の日を迎えました。
この映画を観た観客が桃李くんに、咲ちゃんにみんなが恋できたのは、
あなたの編集あればこそだと私は信じています。
あなたには何人もの師匠がいると思います。
最初に編集の手ほどきしていただいた、鈴木晄氏、田口拓也氏、
名前を聞いたら数々いらっしゃると思いますが、育ててもらった分、
後輩の指導も宜しくお願いします。
浦岡敬一賞に恥じない仕事をして益々の活躍を期待します。

作品賞「鍵泥棒のメソッド」
鍵泥棒のメソッド

2012年、「何か面白い映画はないかい?」と尋ねられた時はいつも、
真っ先に「鍵泥棒のメソッド」と答えていた。
一筋縄では行かない映画だ。
自殺寸前の貧乏役者(堺雅人)と
記憶を失った殺し屋(香川照之)の人生が入れ替わるという、
下手を打てばおよそ何の説得力もなくなってしまいそうなすっとんだ内容を、
練りに練ったプロットと緻密な演出で手際よく料理し、最後まで全くあきさせない。
主演の3人も何とも楽しそうだ。
下手な役者を上手に演じる堺雅人、記憶を失い、状況が一変しても揺るぎない人生をキープする香川照之。
そして何より、アタマのネジの緩んだ……と言うより
締めすぎた婚活中の編集者に扮する広末涼子が新境地を切り開いている。
このひとすじなわでは行かない人々のアンサンブルが何とも刺激的。
ヤクザの親分役に荒川良々。BGMはベートーベンとモーツァルト。
このエッジの利いたチョイスが妙に心地よい。
物語もまたほんの少しずつ予定調和を裏切り続け、思わぬ方向に進んで行く。
だれもが楽しめるハラハラドキドキのエンターテイメントに仕上がった。
1年365日、毎日のように映画を見て暮らす批評家は、
ちょっとやそっとでは映画で驚くことはない。
そんな批評家たちを、デビュー作の「運命じゃない人」以来、
3作続けてうならせてくれた内田けんじ監督の手腕には恐れ入る。
この映画は玄人受けばかりでなく、
キネマ旬報の読者選出の第1位も獲得したというのだから、
これほど盤石の作品賞もないだろう。

監督賞 北野 武
北野 武「アウトレイジ ビヨンド」

「アウトレイジ ビヨンド」は「アウトレイジ」に続く北野武(ビートたけし)監督の作品だ。
その禍々しいほどのやくざ世界の迫力は、驚嘆すべきものがある。
前作で前会長を謀殺した加藤(三浦友和)が会長になってから
山王会は巨大組織にのし上がり、政界にも影響力を持ち始めた。
右腕となる若頭は大友組の金庫番だった石原(加瀬亮)。
古参の幹部・富田(中尾彬)、白山(名高達男)、五味(光石研)は脇に追いやられた。
組織犯罪対策部の刑事・片岡(小日向文世)はこれに目をつけ、
関西の大暴力団、花菱会と富田を結びつける。
花菱会の会長・布施(神山茂)、若頭・西野(西田敏行)、
幹部・中田(塩見三省)は富田と会い、片岡の策略は浸透していく。
また片岡は服役中の元大友組の会長・大友(ビートたけし)に面会にいく。
前作から暴力団の資金集めの実態など、きな臭い部分に接触し始めた北野監督。
今回も西田敏行のような役者に思いも寄らぬ役を振ってドラマに厚みをつけた。
オールバックにした加瀬亮や善人の象徴のような三浦友和の
役どころには驚かされるばかり。
加瀬亮はこの映画で毎日映画コンクール男優助演賞を受賞した。
女性がほとんど出ないのもこの映画の特徴。
ヤクザ映画というよりも企業の盛衰を現すビジネス界の映画のようだ。
幕切れも思いがけない。
ここはたけしが”花を持った”というべき場面だろう。
北野武監督の真骨頂ともいうべき作品。

新人監督賞 ヤン・ヨンヒ
ヤン・ヨンヒ「かぞくのくに」

「かぞくのくに」は、在日コリアン2世のヤン・ヨンヒ監督が
自身の体験を基に書き起こしたフィクション映画だ。
 在日コリアンのリエ(安藤サクラ)の兄・ソンホ(井浦新)は、
父親に薦められ「理想郷」を目指して北朝鮮に渡っていた。
25年経ち、ソンホが脳の腫瘍治療のため一時帰国することになり、
病気は心配なものの久々に会えると家族は大喜び。
ソンホを温かく歓迎するが、常に同志ヤンが付き添い、行動を制限し、監視していた。
そんな目をくぐりぬけ、カラオケで「白いブランコ」など歌うシーンはジーンとくる。
リエに何か言いたげなソンホがやっと口にした言葉は「スパイにならないか」との打診。
そのソンホの検査結果は、予定の三ヶ月どころか
半年以上の入院が必要と告げられる。
しかし、本国から突然の帰国命令が下り・・・。
 見終わると現実の厳しさむなしさにガックリするほどの衝撃をうける。
それは、そのまま監督のメッセージがしっかりと伝わっているということ。
ヤン監督は、すでに15年の歳月をかけ「ディア・ピョンヤン」(2005年)、
「愛しきソナ」(2009年)と家族を映し出したドキュメンタリー映画を発表。
各方面で話題になった。
かつて「話を掘り下げるために、長編映画を製作しなくては」とインタビューで語り、
それを着実に実行。劇映画では、一作目の新人監督だが、
その枠を遥かに超えている。
 家族への愛情や尊敬を作品を通して表現する
ヤン監督のつぎの作品にも期待したい。

新人監督賞 古勝 敦
古勝 敦「トテチータ・チキチータ」

試写を見せてもらう前、まず『トテチータ・チキチータ』って何?と思った。
そして実際にフィルムが回り出すと、
まず冒頭のピンク一色の桃畑の美しさに魅せられた。
この映画のプロデューサーを務めた監督夫人の
古勝たつ子さんの故郷、福島県伊達市の桃畑を撮影したものだそうだが、
福島県は桃の名産地で私の生まれ故郷・会津坂下町の近くにも桃畑がいくつもある。
 監督の古勝敦さんは鹿児島奄美大島の出身で、
幼い頃は島にも沢山あった映画館で、
ゴジラなどの怪獣映画に夢中の少年だったという。
東京の大学在学中に憧れの東宝砧撮影所でアルバイトを始め、
それをきっかけに助監督として働くようになり、
岡本喜八監督のもとでシナリオを学んだ。
奥さんのたつ子さんも同じ時期にヘアーメイクとして撮影所に出入りしていて
二人は知り合い結婚した。
 この作品には「どうしても夫に映画を撮らせたい!!」という
奥さんの強い想いが詰まっている。
企画の立ち上げは2007年から始まり当初は11年夏の福島ロケを予定していたが、
3.11の震災と原発事故ですべてはゼロに戻ってしまった。
だが地元・福島県白河市の古川雅裕さんが支援の手を差し伸べて
プロデュースをかって出てくれ、
10月8日から福島県で撮影を開始し翌12年1月31日にクランクアップ。
不思議なタイトルは古勝監督の造語で、戦時中、家族を空から見守る戦死した父親の化身の竜の名前だった。
 3.11は人々を故郷から追い立て、家族を引き裂いたが、
時空を越えた家族への強い想いはファンタジー作品となって
福島の地に家族の絆をよみがえらせる物語になった。
 次回作を期待させてくれる才能ある新人監督の登場に心からのエールを送りたい。

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