日本映画批評家大賞

第22回受賞作品



ドキュメンタリー監督賞 すずきじゅんいち
すずきじゅんいち「二つの祖国で」

太平洋戦争時、アメリカの軍事秘密情報機関の中心メンバーだった
日系2世たちの声を集めたドキュメンタリー映画「二つの祖国で 日系陸軍情報部」。
戦前、戦後の知られざる日系史を解き明かしてきたすずきじゅんいち監督が、
「東洋宮武が覗いた時代」(08年)
「442日系部隊・アメリカ史上最強の陸軍」(10年)につづいて発表した、
日系史ドキュメンタリー3部作の完結編である。
登場するのは、アメリカ陸軍の秘密情報機関「MIS」に所属した日系2世の元兵士たち。
兄弟が敵味方に分かれて戦うなど、戦争に翻弄された彼らの証言を通じ、
祖国や家族とは何かを考えさせる内容になっている。
映画の後半では、東日本大震災の様子もとりあげられ、
互いに助け合う日本人の姿を見て、この映画に登場する日系人の間でも、
「大和魂が発揮された」など、称賛の声があがったという。
すずきじゅんいち監督は、75年、東大卒業後日活に助監督として入社。
神代辰巳、市川崑らに師事、ロマンポルノ作品でデビューする。
「マリリンに逢いたい」(88年)などの一般映画もあるが、
とくに初期の作品「お姉さんの太腿」(83年)「妖艶 肉縛り」(87年)など、
その映像と語り口はすこぶる官能的で人物や状況を追いつめると
卓越した演出力を発揮して注目を浴びた。
01年、70年代の〝お嫁さんにしたいNO.1女優″榊原るみさんと結婚。
その拠点をロサンゼルスに移し、11年間滞在した。
その間の経験が、日系人ではない目で見たこの3部作にも生かされている。
昨年から、活躍の場を日本に戻したこの2人、ともに還暦を過ぎたとはいえ、
二人三脚での今後の活躍に注目していきたい。

アニメーション作品賞「おおかみこどもの雨と雪」
おおかみこどもの雨と雪

「時をかける少女」「サマーウォーズ」の細田守監督は、
今もっとも注目されているアニメのクリエーターだ。
「おおかみこどもの雨と雪」は、予想を大きく超えたユニークな作品になった。
細田は原作・脚本・監督で、奥寺佐渡子も脚本を受け持っている。
大学生の花(宮崎あおい)は彼(大沢たかお)と出会って恋をする。
彼は普段は人間の姿で暮らす<おおかみおとこ>だとわかる。
2人の間に新しい命が生まれる。
雪の日に生まれた女の子は雪、雨の日に生まれた弟は雨と名付けられる。
花は子供たちが人間でもオオカミとしてでも生きられるように過疎の土地に引っ越す。
狼男の伝説は何度も映画になっているが、
その子供たちが生まれるという視点が、とても斬新だ。
しかも<おおかみおとこ>の妻になった女性、
花が子供の雪と雨を独りで育て上げる苦労話が、
すごく自然に感じられ、ユーモラスで楽しい。
絵は2Dアニメーションの素朴なタッチだが、
花親子が暮らすことになる山林の自然などはとても丁寧に描きこまれている。
本性を現すとオオカミになってしまう女の子の雪と弟の雨。
彼らが人間となるかオオカミになるかという選択は、
子供の成長を見守る多くの家庭で似たような状況が見られるのではないだろうか。
花たちが暮らす過疎の村には頑固な老人がいて、それとなく親子を支援する。
菅原文太が声の出演をしている老人の、
不器用だが自然と共に生きる孤高の姿も感動を与えてくれた。

アニメーション監督賞 庵野 秀明
庵野秀明「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q」

創作者にとって失ってはならないものの一つに挑戦し続ける姿勢がある。
「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q」は今をときめく庵野秀明が、ともすると大失敗作と
レッテルを張られかねないという危険を冒して「REBUILD」(再構築)という
前代未聞の新映像技法に挑戦した。
その手法とは公式HPによるとTVアニメーション映像を
劇場の大きなワイドスクリーンに適合させ、最適な画面クオリティに調整するために、
最新テクノロジーを総動員することだという。
10年以上も保存されていた貴重な原画、動画、レイアウト(画面の設計図)、
背景をスタジオに結集し、検分した上で改めて、
ビスタサイズに合わせて再フレーミングが行われ、
画面構成のクオリティをアップすべくレイアウトの多くが描き直された。
柔軟な修正が可能なことを前提に、EVAシリーズのディテール、
武器を中心に大量の新設定が描き起こされ、デジタル技術でリニューアルし、
その一部は3D表現に置き換えられた。
最大の効果をもたらす技法は、「デジタル撮影」だそうだ。
技術的なことは言葉の説明だけではよく分からないかもしれない。
例えばアニメーション画像と今回の映像を
同じスクリーンで比べてみてわかることも多いかもしれない。
しかし特筆すべきことは庵野と彼のスタッフたちが
「デジタルはあくまでも映像を強化する“絵筆”。クオリティの高みを追及するため、
もっとも駆使されたのは人間の“頭脳と手”である。
その手業こそが、“新時代の新物語の感動”を呼ぶのだ」と宣言していることである。
続編、リニューアル、リマスターなど、旧作品に触発されて(あるいは再構築されて)
作られる作品が多い中、築き上げた名声におごることなく新技術に挑戦し、
旧作品への愛を失わずに新作品へのアプローチをし、
映像技術を駆使する“頭脳と手“ へ敬意を払うことを忘れないその制作態度こそ、
庵野とそのスタッフたちが業界で至宝と称される所以である。
「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q」と合わせて
スタジオジブリ特撮短編映画「巨神兵東京に現わる」を同時上映したことも、
特撮映像を支える”頭脳と手“への畏敬の念の表れである。
決して技術に溺れることなく、
技術を駆使する人間を敬いながら創作を続ける庵野と彼のスタッフ。
今後の彼らの新たなる挑戦に熱い視線を注ぎ続けたい。

アニメーション功労賞 布川郁司
株式会社ぴえろ 代表取締役会長 布川郁司

今や“ANIME”は日本の文化として広く認知されるようになった。
布川郁司は、その火付け役でもあり世界的な人気を誇るTVアニメーション
「NARUTO―ナルト―」を始め、数々の話題作を手掛けてきた
アニメーション制作会社ぴえろの代表取締役会長であり、
日本動画協会理事長、東北芸術工科大学客員教授も務める人物である。
布川氏は1967年朋映プロに入社し、元々はアニメーターとして活躍していた。
その後、虫プロダクション、スタジオじゃっくなどを経てタツノコプロに入社し、
アニメーターから演出家となり、さらに1979年、故・鳥海永行氏、案納正美氏らと共に
スタジオぴえろ(現:ぴえろ)を設立するに至る。
ぴえろといえばTVアニメーションを中心に、
アクション、SF、コメディー、教育作品など幅広いジャンルを手掛けることで知られるが、
その背後には常に新鮮な感覚で独創的な作品作りを心掛ける布川氏の熱意がある。
その経歴は華々しく、1980年の発足後「ニルスのふしぎな旅」でデビューを飾り、
翌年の「うる星やつら」で爆発的な人気を獲得。それだけでなく、
「魔法の天使クリィミーマミ」から始まるぴえろ魔法少女シリーズと呼称される
一連の作品を生み出し、一種の社会現象を巻き起こした。
その勢いは止まることをしらず、その後も「幽☆遊☆白書」や「ヒカルの碁」等、
幼児から大人、そして多くのアニメーションファンの心を掴む作品を提供し続け、
アニメ業界を牽引してきた。一時代を築き上げた布川氏は後進の育成にも尽力し、
優秀なアニメーターだけではなく、
時代を映し出し時代に対応した作品を生み出す演出、
プロデューサーの教育にも心血を注いでいる。
近年、アニメーションを含むキャラクタービジネスは目覚ましい展開を見せ、
市場は国内だけではなく世界規模へと拡大している。
その最先端を征く布川氏とぴえろは日本を代表するアニメ業界の
トップランナーとして走り続けるのである。 

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